少年院にいるのは大半が知的ハンディを抱えた子ども。努力という行為を行うためにはその時点である程度の能力がいる。
『頑張ってる人は、誰でも応援したくなる。でも、支援したくないと思うような人にこそ本当に支援が必要なんだ』というような一文があり、刺さるけど苦しいなあ。
頑張ってる人は美しい。間違いなく。
でも頑張ることができない人が、追い詰められることのない世界になるといいな。
なんというか、競技って勝ち負けや点数などで明確に結果が出る。その繰り返しに耐えて立ち向かうことって「楽しい」という気持ちだけでは賄えないよね。そこで踏ん張れる胆力に憧れる。精神性の豊かさというか、内面の強さというか。
みんな、常に自分と向き合って、何故やるのか、何をどうやってやるのか…5w1hで自分と対話してる姿勢がすごいなと思う。幸福度とは自己決定度のことだ、という話を思い出す。その結果がどうであれ、自分で考えて、自分で決め、自分で行うことが最も大切なんだろうな、と思った。
以下は自分の話
私は小さい頃に父の影響で柔道をやっていたんだけど、筋金入りの根性なしで、闘争心もなく、試合も怖くて終わったら泣いてたから(弱😂)ずっと、うっすらとしたコンプレックスと憧れがある。それゆえなのか、スポ根ものにめちゃくちゃ弱い。先日観て感動した魔改造の夜も、スポ根的な感動があったんだよね。
他にもスポーツはいくつかやったけど、結局何も上手くならなくて、人生においても色々な面で挫折してばかりで、今のところ唯一続けられているのが、お絵描きだけ…
お絵描きくらいは頑張ろう。畳む
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私は自殺なんて本気で考えたことはないけど、この感覚はものすごくよくわかるなあ。3日経てば今の気持ちが変わるだろうことはわかってる。本当にわかってる。だから今の気持ちを保存し、今の私に殉じるためには、死ぬしかないんだよね。今の私の深刻な気持ちは、明日の私にはわかってもらえないかもしれないのだから。
※私は生きる気満々で健やか✌️
・人間の最も尊い営み
・努力することの尊さ
・ハイレベルな技術力(意味のあるもの)を駆使して「パンダのおもちゃが大玉を転がす」(意味のないこと)をやるのが粋だっていうのもあるし、それがもっと本質的に、人間の豊かさそのものをあらわしてる気がする
・直接的に何かの役に立つわけではないものに対して全力で力を尽くすことが美しい
・同じ目標に向かって突き詰めた者同士にしか芽生えないお互いへの高度な理解、連帯、ライバルでありながら理解者でもある、美しい
・「大切なのは勝敗ではない」は半分正解で半分間違いだと思える。勝敗は非常に大切だ。正確には、勝敗にこだわって懸命に知恵と努力を重ねること、その営みが最も大切なんだ
・だから負けたときに涙が出るほど悔しいってことが、勝利と同じくらい尊いんだね…畳む
この記事 いいなって思った。伊沢さんの、自分というブランドを意識してるとこ好き。TPOに合わせて演出を変えてるの好き。
どこでも自分を押し通すのじゃなくて、自分を曲げるのでもなくて、自分のままで、見せる面だけ使い分ける。すごく大人な個性の出し方だなって思う。伊沢さんの「求められてる自分像」をよく理解して、提供できる、勘の良さとサービス精神みたいなものが、気持ちよくて好き。
そういう使い分けって、悪くいうと二面性とか裏表とか言われることもあるのかな?と思うけど、TPOに応じた自分の使い分けが全くないのって、むしろ幼かったり乱暴だったりするなとも思う。
どこでも「これが自分なんだ」をやるブランドもあると思う。それは求められてるイメージが常に変わらないタイプの人なのかなって。それを自分でわかってるかわかってないかは大きいと思った。求められてる自分像を客観視できるかどうかって、大事だなって。